西村経済担当相が,飲食店の酒提供を抑えるために,酒類販売業者や金融機関から圧力をかけさせるとの発言が猛批判を浴びて撤回に追い込まれました。その発言は,様々な我慢を強いられている飲食業界の方にとってあまりにその神経を逆なでするものであり,撤回は当たり前というべきですが,一部に,発言の目的は分からないでもないのだが…といった大臣を擁護するかのような趣旨の論評があることには,危惧を覚えます。なぜなら,この「目的さえ正しければ,手段は無理筋を通しても構わない」という発想は,時として国を大きく過つものであり,そういう発想を防ぐものこそ「法の支配」という理念であるはずです。その理念の下では,目的は言うに及ばず,その手続きもまた正しいものでなければなりません。
さて,今回もまた,飲食店での酒提供がターゲットになりました。飲食業の方々にとっては,ほとほとうんざりというところが本音ではないかと思います。本コラムの筆者は日常的に飲酒をしないので,だから擁護しているのではないのですが,コロナ対策として酒類の提供だけを厳しく取り締まることに,はたして正当なエビデンス(根拠)はあるのでしょうか?
そもそも,この飲食店の酒類提供の規制は,多人数でのお酒を伴う会食はワイワイ騒いで羽目を外すことが多いので感染リスクが高まるというのが理由です。確かにそれはそうなのかもしれませんが,世間の行動を見たときに,感染リスクの高い行為は外での飲酒だけなのかと言うと決してそうではないこと,いくつも指摘するとができます。つまり,酒自体が悪いわけではなく,要は飲み方の問題であり,であるなら,問題は酒に限らないはずです。にもかかわらず,毎度,酒類を提供する飲食店ばかりやり玉に挙げるのは,感染症対策を主導する中央政府や地方政府の思考停止の象徴,言い換えれば怠慢と言うべきであり,それに対してまともな対案を出せない国会や地方議会の野党もその責任を果たしているとは言えません。
目的は感染リスクを下げることであって,本来,酒類提供の規制はそのための手段の一つでしかありません。ところが,いつのまにか酒類提供の規制が目的化してしまって,今度はその規制のためにさらにどう規制したら良いかという話になっているのが今の姿だと言えます。要は,根本を見失って手段が目的化してしまっているわけです。こうなると,手段の上にまた手段を重ねることになり,積み重ねれば積み重ねるほど物事の道理,あるべき姿から遠いものになってしまいます。
いい加減に立ち止まりませんか?
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