〈第4話〉集団浅慮と多様性 21年5月

 集団浅慮とは,“グループシンク”(直訳すれば集団思考)の日本語訳として用いられる言葉ですが,集団がある決定をしたり,行動をしたりするときに,多くの人による話し合いにもかかわらず,(実は,それゆえに…なのですが)なぜか考えられないような愚かな決定や行動をしてしまうことを意味します。
 過去の歴史を振り返れば,日本そのものを滅亡の危機にさらした80年前の開戦によって,日本は中国と戦争をしながら同時にアメリカ,イギリスに宣戦布告するという,冷静に考えれば誰が見てもあり得ない決定をし,しかも状況が悪化してもずるずると引き延ばした結果,世界中を敵に回して悲惨な結末を迎えました。その負の遺産が,今でも外交面や領土面などいろいろなところに影響を与えていること,ご存知の通りです。
 翻って,現在のコロナへの対応を見ても,国や地方自治体のトップは派手なパフォーマンスのわりに,首をひねるような対応が目立つこと,例のマスク配付を引き合いに出さなくても,いくつも指摘することができます。その愚かな決定や対応で,いったいどれだけ貴重な時間や税金が空費されたでしょう。

 この集団浅慮に陥る要因はいくつも指摘されていますが,そのひとつに,集団の意思決定が少数の専門家に左右されたり,メンバー全体に過剰な自負心が見られたりすることや,メンバーの均一性や閉鎖性が進んでいたりすることで,外部からの批判も受け付けず,内部からの反省も出にくい体質になっていることが挙げられます。要するに,多様性に乏しい単なる仲良しクラブになってしまっている集団,組織がそうなる可能性が高いということです。

 さて,私たちの法人はそういう集団浅慮のない集団でありたいと考えます。そのためには,多様な背景を持った方々の集団でありたいということです。最近,ダイバーシティ,つまり多様性の尊重がよくいわれます。現在,ダイバーシティという言葉は女性活用の文脈で使われることが多いのですが,本来の多様性とは別に性の違いだけではありません。キャリアの多様性もまたしかりです。この法人には,教育関係者や心理職,カウンセラーの方も含まれますが,そういうメンバーだけでは集団浅慮に陥る可能性があります。それを避けるためには成員の多様性を担保し,異論を尊重することができる集団でありたいと考えています。

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